信託保全

焼酎と仔犬

高校生の頃、叔父さんの飼っていた赤柴を世話していたことがあります。
この赤柴の名前は、コテツ。母犬がテツという名前で、
その息子だから、「子テツ」というわけです。

コテツは、東京出身です。新聞社で働く叔父さんが、
仕事で知り合った東京の作家と意気投合し、お近づきの印として、
お土産に持たせてくれたのが、焼酎と仔犬、つまりコテツでした。

コテツの仔犬時代を、わたしはあまり知りませんが、
それは、ヤンチャで可愛くて、叔父さんは、このコテツを溺愛していました。

その叔父さんが、一年間の海外転勤になったので、その間、コテツをうちで引き取ったということです。

当時、コテツ3歳。人間の歳に換算しても、28歳と、まだまだ若い盛りです。
それは、いろいろありましたよ。それでも、家族全員、精一杯愛情を注いで世話をしたので、
コテツもすぐに、わたしたちになついてくれました。

その証拠に、家族が帰宅するやいなや、コテツは、ドアの前で、ちぎれんばかりにしっぽを振って歓迎してくれます。
そして、飛びつくと同時に、前脚でアタック!家族は、
もれなくコテツからの「肉球スタンプ」を衣類のどこかにもらってから、家に入るのが習慣でした。

コテツの散歩は、毎日朝晩、2回。家族きっての犬好きのわたしが担当しました。
外飼いで、ドアの前の軒下に犬小屋を置いて、つないでいたので、
トイレに行かす理由でも、この散歩は、必須でした。

しかし、わたしも現役の高校生です。朝は、一時間かけて高校へ通うため、早起きをしなければならないし、
夕方も、部活動の後で、ヘトヘトです。
それでも、続けられたのは、きっと、コテツの犬柄にぞっこんだったからでしょう。

やがて、一年が過ぎ、無事に叔父さんが帰国して、コテツを迎えに来ました。
この時のコテツの顔を今でも忘れることができません。
今までわたしたちに見せたことのない表情で喜ぶ姿をみて、
ああ、やっぱりコテツは、叔父さんと一緒がいいんだなぁと思いました。

コテツが、再び叔父さんと暮らせるようになって、よかったです。
でも、コテツのお出迎えのない家は、味気がないものです。
あんなに嫌がっていた「肉球スタンプ」すら、ないと寂しいと思ったのを覚えています。

人懐っこくて、名前を呼ぶとチロチロとしっぽを振って駆け寄ってくる子でした。
でも、ホームステイ初日に、ホストマザーに「この子はぱっと見た感じ人懐っこくてかわいいけど、
彼が食事をしている時だけは頭を撫でたり近寄ったりしてはだめよ。

彼はあなたに襲い掛かるから。冗談抜きで指がなくなっちゃうわよ。」と言われ、血の気が引きました。
なぜ食事の時は凶暴になっちゃうのか理由を聞くと、
スモーキーは以前虐待を受けていて、保護されてこの家に来たのだそうです。

以前、まともに食べ物をもらえなかったせいで、食べ物に対する執着がひどく、
ストップをかけなければお腹が痛くなっても食べ続けてしまったり、
食べている最中に寄ってくる人に噛みついたりしてしまうとのことでした。
その話を聞いて、スモーキーが不憫でなりませんでした。

この家に来てから幸せそうではあるものの、虐待による傷はなかなか消えないものなんだなあと思い、
何とかスモーキーから過去の「不安」や「恐怖」を取り除いてあげたくて、
私はカナダに滞在した間、彼と長い時間を過ごしました。

暇さえあれば一緒に時間を過ごし、一緒にテレビを見る時なども常に抱っこをし、
あなたは愛されているから安心して大丈夫、と伝え続けました
(猫じゃないので、ずっと抱っこも本犬?にとっては多少うざそうでしたけど。。)

食べ物に関しては一番の課題であり、かなり改善が難しかったので、
敢えて無理して「誰も取らないからゆっくり食べていいんだよ。」ということを分からせようとはしませんでしたが
、不思議なもので時間が経つにつれ、大急ぎで食べたり、
過剰にキョロキョロ警戒したり威嚇したりする癖が減っていきました。

やはり人に対して安心することで、食べ物への固執もなくなってきたのだと思います。
以前はご飯の時間には他のことが全く目に入らないスモーキーでしたが、
私の帰国の日、ご飯そっちのけで私の後を追いかけて来た姿が今でも忘れられません。
また会いに行きたいな。

 

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